決算書の読み方 ~買掛金の計上もれの見抜き方とは? 仕入債務回転期間の分析法
2025年7月23日
質問
「MJSトレーディング」は仕入先から継続的に商品を仕入れています。仕入代金の支払条件は概ね納品の30日後となっています。買掛金の計上もれの可能性が最も高そうなのは、次のうちどれでしょうか?
パターン1
1カ月の仕入(≒売上原価)が80百万円、買掛金残高が40百万円のケース。
パターン2
1カ月の仕入(≒売上原価)が40百万円、買掛金残高が40百万円のケース。
パターン3
1カ月の仕入(≒売上原価)が20百万円、買掛金残高が40百万円のケース。
この質問をイメージして以下のストーリーをお読みください。
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仕入債務回転期間に現れた症状から、経営・管理上の問題を察知できるようになった!
各種工業製品の輸入販売業を営む「MJSトレーディング」は、負債の中でも買掛金が大きく、その計上や支払いの管理に重要性がありますが、仕入債務回転期間(買掛金回転期間)を意識するようになったことで、その指標に現れた症状から経営・管理上の問題が起きている可能性を察知できるようになりつつあります。
しかし、1年前のMJSトレーディングは買掛金の計上や支払いの管理が疎かになっていたのです。
1年前 ~異常点を察知できず、買掛金の計上や支払いで問題発生
1年前、MJSトレーディングは売上が順調に推移しており、業績は好調でしたが、実際には問題が潜んでいました。社長、営業担当役員、(当時の)管理部長ら経営幹部が話をしています。
社長
最近の業績は本当に好調だな。予想以上の利益が出た
そうですね。売上も順調に推移していますし、何より利益率が上がっています
営業担当役員
確かに、前期の決算は素晴らしい結果でした。売上原価もだいぶ抑えることができたようです。買掛金もだいぶ減っています。何か特別な要因があったんでしょうか?
管理部長(旧)
うーん……
一同
社長
特に思い当たることはなかったようだが、みんなの頑張りのたまものってことだろう。これからもこの調子でいこうじゃないか
このとき、MJSトレーディングではまだ誰も業績を誤認していることに気付いていなかったのです。
質問
「MJSトレーディング」は仕入先から継続的に商品を仕入れています。仕入代金の支払条件は概ね納品の30日後となっています。買掛金の計上もれの可能性が最も高そうなのは、次のうちどれでしょうか?
▼あなたの思うパターンをクリック▼
パターン1
1カ月の仕入(≒売上原価)が80百万円、買掛金残高が40百万円のケース。
パターン2
1カ月の仕入(≒売上原価)が40百万円、買掛金残高が40百万円のケース。
パターン3
1カ月の仕入(≒売上原価)が20百万円、買掛金残高が40百万円のケース。
1カ月の仕入(≒売上原価)が80百万円で買掛金残高が40百万円の場合、0.5カ月分の仕入(≒売上原価)に相当する買掛金が残っていることになります。仕入代金の支払条件(納品の30日後)と比べて買掛金残高が小さく、買掛金の計上もれが懸念されます。この場合、仕入の記録や請求書を再確認するなど、計上もれがないかを詳しく調べてみた方が良いかもしれません。
1カ月の仕入(≒売上原価)が40百万円で買掛金残高が40百万円の場合、1カ月分の仕入(≒売上原価)に相当する買掛金が残っていることになります。仕入代金の支払条件(納品の30日後)とほぼ同じ買掛金残高であり、買掛金の計上もれが懸念される状況ではなさそうです。
1カ月の仕入(≒売上原価)が20百万円で買掛金残高が40百万円の場合、2カ月分の仕入(≒売上原価)に相当する買掛金が残っていることになります。仕入代金の支払条件(納品の30日後)と比べて買掛金残高が2倍もあるため、買掛金の計上もれが懸念される状況ではなさそうです。ただし、逆に買掛金の支払いもれや支払い遅れが懸念される状況に陥っているおそれがあります。この場合、支払いスケジュールや未払いの請求書を確認するなど、支払いもれや支払い遅れがないかを詳しく調べてみた方が良いかもしれません。
新任管理部長がやってきた ~仕入債務回転期間に現れた症状から問題を察知!
MJSトレーディングでは、前任の管理部長が定年退職し、新任の管理部長がやって来ました。新任管理部長はMJSトレーディングの数期分の決算書を見るや、ある点に気付きました。
あれっ、前期末の買掛金残高が変だぞ。もっと詳しく見てみる必要があるな
新任管理部長
そして、新任管理部長が調査をしていくと、MJSトレーディングが抱えていた買掛金計上に関わる問題などが表面化することになりました。
これまでのMJSトレーディングではこうした問題をまったく察知できていなかったのです。この件は直ちに社長に報告されました。
社長
こんな問題があったとは……。しかし、なぜすぐに問題の箇所が分かったんだい?
買掛金の残高と売上原価とを比較してみたんです。前期は、売上原価と比べて買掛金が少な過ぎるんです
新任管理部長
社長
と言うと?
実は、新任管理部長は、「仕入債務(買掛金)残高÷売上原価」で計算した仕入債務回転期間(買掛金回転期間)の分析をして、異常点をつかんだ上で、そこを詳しく調べていったのでした。
仕入債務回転期間(買掛金回転期間)の分析から分かること
仕入債務回転期間(買掛金回転期間)を計算すると、何日分(あるいは何カ月分)の仕入(≒売上原価)に相当する仕入債務(買掛金等)残高があるかが分かります。これによって、仕入れてから代金を支払うまでのだいたいの期間が分かります。これを仕入代金の支払条件と照らし合わせてみると、買掛金の計上もれなどの怪しい買掛金をザックリとチェックすることもできます。
例えば、「仕入代金の支払条件は納品の30日後(=1カ月後)」ということであれば、以下のように仕入債務回転期間(買掛金回転期間)を計算し、それを「1カ月」と比較してチェックすることができます。
仕入債務(買掛金)回転期間=仕入債務残高÷1カ月当たり売上原価
(注)1カ月当たり売上原価=年間売上原価÷12カ月
【図表1】仕入債務回転期間(買掛金回転期間)の計算
パターン2は仕入債務回転期間(買掛金回転期間)が1カ月(=仕入(≒売上原価)1カ月分の買掛金残高)であり、仕入代金の支払条件(1カ月後)と概ね一致しています。パターン3は仕入(≒売上原価)2カ月分もの買掛金残高であります。一方、パターン1は仕入(≒売上原価)0.5カ月分の買掛金残高しかありません。したがって、パターン1~3の中で最も買掛金の計上もれが懸念されるのはパターン1ということになるでしょう。
仕入債務回転期間(買掛金回転期間)が仕入代金の支払条件と比べて相当程度短い場合や、仕入債務回転期間(買掛金回転期間)がどんどん短くなっているような場合は、買掛金の計上もれが起きている、支払いが早過ぎるなどの問題があることも少なくありません。
調査の結果、MJSトレーディングでは前期の決算で仕入計上もれにより利益が過大に計上されていたことが分かりました。極端な数値例で説明すると、次のようなことが起きていたのでした。
【図表2】仕入計上もれにより生じた利益過大計上
(注)販売単価100万円/個、仕入単価70万円/個
誤った業績では、2個分の仕入計上もれにより、売上原価が過少となっている。
仕入債務回転期間(買掛金回転期間)の分析での着眼点の例
仕入債務回転期間(買掛金回転期間)を分析する際の着眼点の一つとして、「仕入債務回転期間(買掛金回転期間)が仕入代金の支払期間と整合しているか」を挙げることができます。
例えば、算出した「仕入債務回転期間(買掛金回転期間)」と、「仕入代金の支払条件から想定される支払期間」(例えば、納品の1か月後払なら30日程度、月末締め翌月末払なら45日程度)との間に著しい不整合がないかは重要な着眼点の一つで、不整合が生じている場合には次のようなことも懸念されますので注意が必要です。
●仕入債務(買掛金)回転期間が仕入代金の支払条件と比べて相当程度短い場合
Or 仕入債務(買掛金)回転期間がどんどん短くなっているような場合
→買掛金の計上もれが起きている、支払いが早過ぎるなどの問題があることも懸念されます。
●仕入債務(買掛金)回転期間が仕入代金の支払条件と比べて相当程度長い場合
Or 仕入債務(買掛金)回転期間がどんどん長くなっているような場合
→仕入の過大計上が起きている、仕入債務(買掛金など)の支払い遅延が起きているなどの問題も懸念されます。
新任管理部長の指摘をきっかけに、これまで見えていなかった問題点にメスが入り、MJSトレーディングでは改善のための取り組みを始めたのでした。仕入債務回転期間(買掛金回転期間)に異常な変化が現れていないかなどを定期的にウォッチすることもその一つとなりました。
「仕入債務回転期間(買掛金回転期間)の分析」
買掛金や支払手形等の仕入債務の回転期間は仕入と仕入債務(買掛金等)の関係を分析する指標であり、次のとおり計算します。
仕入債務回転期間(月)=仕入債務残高÷1カ月当たり売上原価(※)
仕入債務回転期間(日)=仕入債務残高÷1日当たり売上原価(※)
(※)「売上原価」の代わりに「売上高」で算出することもあります。
仕入債務(買掛金など)の支払いに関わる問題や不適切な仕入計上などを察知するのにも効果を発揮します。
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